第12登城 伊賀上野城(2024.4/19日本名城47・三重県)

上洛じゃ😀 ついに関東から出て西へ遠出旅行〜

滋賀を拠点に三重とあと京都回れれば!

ホテルが4連泊以上だと割安なので長めの四泊五日の旅になります。

 

で、駅構内滞在30分ほどでいきなり滋賀からの三重❕

 

の前に前夜から。

これから多々、利用することがあるであろうバスタ新宿から18日夜の夜行バスで6時間半、滋賀(南草津)へ。USJ行きのバスだったから若い子がめちゃくちゃ乗ってた

バスタ新宿4階のデイリーヤマザキは前はファミマだったんよねー。大人の事情

 

 

翌19日、早朝5時30分到着。

5日間とも20℃前後、ちょっとこっちは寒いかな。ここからチェックインまでの10時間弱をどうするか前々から思案してまして。

滋賀って京都にも三重にも岐阜にも福井にも行けて悩みどころだと思います。

悩んだ末に選んだのが三重県伊賀市

長くはいられませんが滋賀の旅は伊賀から開始していきます。とりあえず南草津駅のコインロッカーにデカリュックぶちこむ❗

 

 

 

伊賀上野城(別名は白鳳城)

白亜三層の美しい城で、本丸の高石垣は日本一?の高さを誇る

伊賀といえば忍者ですよね

横山光輝の漫画『伊賀の影丸』は親父に借りて20回は読んだと思います。

影丸のライバル、甲賀流の天邪鬼とか仲間では梟の甚内、彦三、源心など忍者の名前も忍法もかっこよかったな〜。天邪鬼なんて斬られても時間経てば生き返りますからね。

影丸の技の木の葉隠れの術も葉に染み込ませた痺れ薬で相手を動けなくさせるというるろうに剣心のようなちょっと優しい不殺の技でした。

最終的には殺しますけど。🌝

この漫画で伊賀は正義(影丸)で甲賀(天邪鬼)は悪って認識になったな、懐かしい。

 

それは置いといて南草津駅から2回乗換で1時間半、天邪鬼の流派である甲賀を降りずに通過(写真のみでご勘弁)して7時46分、伊賀上野駅へ。

 

軽快に案内してくれるなぁ。

伊賀越えの時の家康やん私

伊賀上野城伊賀上野駅が最寄り駅ではなく、ここから伊賀鉄道に乗換えて上野市駅から行くものらしい

ただもう昨夜からずっとバスに電車に乗り物乗ってまして、、、、静脈に血栓出来ぬようここから歩かねばならないので忍者さんごめんなさい、伊賀鉄道は本数なさすぎなのと今、行ってもまだ城の営業時間でないんですよ。なので駅出ます。

 

城は9時営業開始まで上野市駅にも行って駅周辺ウォーキングします。

そのまま城を目指しますがまだ1時間以上あるので上野市駅へ。

道中、服部川って川があった

服部半蔵伊賀忍者ですね

東京の半蔵門の印象強いけどあれは江戸城警護のために居を構えた半蔵の屋敷がゆかりだもんね。

大河『どうする家康』で小田原征伐後、家康は秀吉に国替えを命じられ関東にお引っ越しの際の家臣たちへの領地配分で半蔵(山田孝之)だけが家康に失念されてたかのような雑な扱いされてましたが江戸に屋敷はちゃんとあります。

オチに使い、あそこまで人間味のあった半蔵の時代劇って初ではなかったかな

そういえば伊賀越えって半蔵ら伊賀忍者が案内して家康が大阪から岡崎城まで3日で帰ったというけど凄すぎますよね、大名て馬にしか乗ってない印象あるけど普段訓練してるのか、鷹狩りじゃ健脚にはなれんで。

 

 

伊賀上野駅から上野市駅への道中、城を横目に撮影、すごいな高石垣。これは楽しみだ

 

 

伊賀上野駅から40分ほど歩いて上野市駅到着

さすが最寄り駅はこちらだけあってすごいな、もう駅名変えちゃってるもんね

『忍者市駅』って主張強すぎ。

正式駅名の上野市駅が小さくて曲名の副題のような扱いされてますわ

 

 

松尾芭蕉生誕の地が伊賀市とのこと

伊賀上野駅に句碑があったなー

 

 

なんで銀河鉄道999銅像が?

メーテルを知ってる以外、漫画は見たことないが松本零士は誰でも知ってるわな

調べたらその理由は近くを走る伊賀鉄道の車両ペイントのデザインを松本氏に依頼したことがきっかけとのこと。

じゃー、じゃー、じゃー、

ちょうど伊賀鉄道きたから松本零士デザインの忍者列車撮ったよ♪

 

たしかに上野市駅(いや忍者市駅かな)のほうが気合い入ってんな!

 

 

では本丸大手門跡から入城

気温上がってきてますが、標高高く風があるためちょうど良いです。

伊賀上野城は最初、筒井定次が築城

筒井定次の叔父は大和郡山城主の筒井順慶(大河『麒麟がくる』で駿河太郎松永久秀吉田鋼太郎)との犬猿ぷりを見事なまでに演じてましたね)の養嗣子となり後継ぎでしたが、順慶死後の筒井家は大和郡山奈良県)から国替で伊賀に入ってきました。

筒井家って短命で信長の野望でもみんな早く亡くなるんですよね

また筒井家には島左近という後に石田三成の右腕になる秀吉も惚れた剛将を家臣にしていましたが定次を見限り出奔しています。

最終的には悪性を敷いてる、酒色にふけってるだと指摘され改易されてしまい、江戸幕府開設後

豊臣と内通してると嫌疑をかけられ切腹させられてしまいました。

代わりに伊賀に入ってきたのはあの築城の名手、転職大名の藤堂高虎でまだ豊臣家(大阪城)が存命中、これから始まる戦を想定して伊賀上野城を改築、拡張していきます。

なんか筒井さん、出来レースみたいでかわいそ。

 

まずこれがその高石垣

ケタ外れの圧倒的な高さで足元すくむほどでした。柵もなく立入禁止にしてないけど、落ちてしまう人いるのではないか?忍者でも登れないだろ、高所恐怖症の方はちょっと顔をのぞかせるくらいでいいレベル

 

藤堂高虎以前の筒井家の石垣もこんなにしっかりと残ってる

 

城に入ると

天守にある忍び井戸

大阪城との長期の戦いを想定した家康は不首尾に終わったらここで籠城するため藤堂高虎にここに兵糧や水の確保、また井戸の途中から抜け穴も作り戦局が危うかったら自分を逃がす算段もあったらしい。

この秘密を保持して外に漏洩させないため、忍者を常に監視させた。リスクヘッジに長けて用意周到に準備しておく家康、セキュリティ意識高いですね。そして藤堂高虎の信任の厚さが伺えます。

 

伊賀焼から武具に甲冑、藤堂高虎が使用した物がたくさん残ってて見応えあった。

全てショーケースの展示だけど出来ることなら匂いを嗅ぎたかったくらい。

藤堂高虎とかもう名前からカッコいいもんなぁ。

この人たち、最初掃除してるのかと思った

脚立なしですごいなって。演出ね!

 

ここはわざわざ滋賀から片道2時間かけてきた甲斐あったなー。

やるなぁ伊賀

城の横に伊賀流忍者博物館が併設されていたが対象年齢が若そうだったので行きませんでした。

 

よし、滋賀に戻りますか♪

 

最後にJR草津線で滋賀に帰ってたら

いきなり吉幾三が元気に車内アナウンスしてきた。

どうやら甲賀市観光まちづくり協会観光PR大使らしく3ヶ月ほど吉幾三の特別版車内アナウンスとのこと。実際の車掌の声と録音再生の吉幾三の声のボリューム、活気の差が半端ないほどかけ離れてて毎駅ごとに吉幾三のアナウンスの時は驚く。

 

立ち会えた私はラッキーなのでしょうか

 

 

伊賀上野城

・スタンプ設置場所

天守閣1階

・交通アクセス

関西本線伊賀上野駅」から伊賀鉄道上野市駅」下車、徒歩5分

伊賀上野駅から徒歩33分